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拝殿参道

全ての物事に感謝の心
​優しく笑顔で健やかに

参道

御祭神の御加護を戴かれ
御無事お過ごしになられますよう
​お祈り申し上げます

新潟県長岡市にある平潟神社。

当社の創立は、聖武天皇天平年間と伝えられております。

古来より今の長岡主要部を「平潟」と申しており、平潟殿と崇めたことより社名が生じました。

長岡市民はもちろん近在近郷の氏子崇敬者の信仰厚く「長岡の氏神様​」と崇められ年末年始の二年まいりを始め春、夏の大祭には多数の老若男女の参拝者で賑わい親しまれ、又「ちけん様」と親しまれておりました。

智慶(ちけん)様の由来について

当社の別当職は、古くは片岡修理が務めた。慶長7年(1602)に伊賀国(三重県)百田の住人桃田右近義春が来て片岡家を相続し、1624~44年に山城国醍醐寺三宝院配下の当山派修験となり宝積院と号したが、その後普賢寺智慶院を唱え、長岡藩内の当山派修験19院の触頭を務め、越後長岡藩より厚遇された。智慶(ちけん)様の呼称はこの智慶院に因みます。

藤

「戦前の白藤」逞しく生き延びています(末社前)

御由緒

創建は天平年間(729~49)と伝えられます。天平8年(736)当地で疫病が流行ったとき、行基菩薩が自ら刻んだ普賢菩薩の像を奉安し、退散を祈願したという伝承がありますので、それ以前であると思われる。

平潟殿は古くは現在の長岡駅(旧長岡城跡)あたりに鎮座しており、上杉謙信・景勝も深く崇敬したといいます。元和2年(1616)堀直寄が長岡城築城に際し、最初の門前地と替え地して仮宮を建てた。

元和4年(1618)長岡藩主となった牧野氏は当社を祈願所とし、社領40石を寄進して、1649年(慶安2年)に現在地に社殿を造営した。

元禄元年(1688)牧野氏により古志郡青木高畑村(現・高畑町)に諏訪堂を建てられた。青木神社とも称した。別当職智慶院が祭りを行っていたが享保年間(1716~1736)に当神社に合祀された。

1728年・1756年・1844年、度々の火災により類焼するも再建造営した。

​明治維新の際、住職は修験を廃して神職になり、社名を平潟諏訪神社と改称し、明治5年(1872)に長岡町全町の産土神(うぶすながみ)と成った。

1872年(明治 5年) 村社に列格

1894年(明治27年)火災で社殿焼失 

1899年(明治32年)再建遷宮

1921年(大正10年)郷社

1928年(昭和 3年) 県社

1945年(昭和20年)夜、第二次世界大戦の長岡空襲により再び全焼

​昭和22年時の宮司桃田忠雄(18代)の努力と氏子崇敬者の奉仕により社殿の復興を成し、不穏な世相の平安を祈願しつづけた。

その後戦後の年復興計画で境内は2分され、国道8号線が通った事により昭和36年に社殿の向きを東南に変えて改築した。又、昭和54年に現社殿(鉄筋コンクリート造り)を新築して戦後の復興が完了したと安堵しておりましたが、平成16年10月に突然襲った中越地震により鳥居を始め建造物が倒損壊、大きな被害を受けました。

19代目宮司桃田勇夫はこの甚大なる被害に敢然と立ち向かい、鳥居(青銅製)の新築を始めとして地盤沈下による社務所や参集殿などの大々的修復、燈篭・手水舎の改修工事に本領を発揮して益々境内の景観を整えて今日に至っております。

主祭神と御神徳

健御名方富命(タケミナカタトミノミコト)

配祀:

八坂刀売神(ヤサカトメノカミ)

大国主(オオクニヌシ)

沼河比売(ヌナカワヒメ)

「武勇の神、開拓の神」又、水の守護神という事から「生きとし生けるものの​命の親神様」です。

「古事記」によれば、大国主の子神であり。事代主神の弟神に当たる。当社の資料では、大国主命と沼河姫命の子神であり八坂刀売命を后神とするとされています。

農耕・林業・治水・商工業・土木建築・交通運輸・学業・スポーツに大御稜威を垂れて下さいます。

鳥居・幣束(東京都立川市錦町)

- ご祈祷 -

御祈祷

受付:朝10時~午後3:30迄

平日は月に2~5日程神職のお休みの日を設けています。(土・日・祝は行っています)

電話によりご確認、ご予約下さい。

〇 安全祈願 

〇 開運招福厄除祈願

​〇 心身健勝、病気平癒

​〇 建物工事安全

​〇 人生儀礼

​  

初宮詣・初誕生祝・七五三祝・入学・卒業奉告式・成人式・結婚式・銀婚式・金婚式・厄歳厄祓・還暦祝・古希祝・喜寿祝・傘寿祝・米寿祝・卒寿祝

家内・自動車・​社内・交通・旅行

鳥居

中越地震H16年10月23日に倒損壊した鳥居​はH18年4月に青銅製で新調されました

拝殿参道

社号標

手水舎正面

手水舎

手水舎と神社

手水舎と神社

拝殿

国旗掲揚塔と神社

北の神門(唐破風屋根)

北の神門(唐破風屋根)

稲荷様他(末社=境内社)

稲荷様他(末社=境内社)

​稲荷様・淡島様・天満宮・金刀比羅様などをお祀りしています。

- 祭典と年間行事 -

初詣で 1月10日迄(社頭でご参拝下さい)

社務所では、御神札・御守・熊手・破魔矢 他 縁起・御守・頒布(朝は10~夕4時)

新春招福祈願祭 社殿で受付(朝10時~午後3時半​迄

1月2日~3月末日

節分祭 昼の御祈祷(午前10時~午後3時)

2月節分の日・夜…撒豆式(豆まき式) 御奉仕申込1月25日迄

春季大祭

4月25日・昼 献茶式「宗徧流」(隔年)

4月26日・午前:大祭式 ・午後:御神輿渡御(おみこしとぎょ)

​4月26日・27日 露店出店(境内・参道)
 

拝殿参道

大祓え 茅の輪神事

6月30日~7月3日 茅の輪守りセット・頒布(有料)

茅の輪
茅の輪

例大祭

7月25日・夜 謡曲奉納「観世流」「金春流」

7月26日 大祭式・忠魂碑慰霊之儀

​7月26日・27日 露店出店​・26日の夜 神楽奉奏

​風鈴まつり(7月25日~8月第一土曜迄)
 

忠烈靖魂碑

(忠魂碑)明治33年11月建立 戊辰戦争、日清・日露戦争、第二次時世界大戦に出征して戦死された方々の慰霊碑

風鈴まつり

風鈴まつり

戦災殉難者慰霊祭

8月1日(朝6時) 於平潟公園慰霊塔

戦災殉難者慰霊祭

​市長をはじめ市の公民・遺族・市民の方々など約100人の参列によって毎年斎行しております。

七五三祭 祈願(朝10時~夕3時半)

10月~11月中 幼児成育祈願(千歳アメ・福笹・御祝い品授与)

平潟神社

二年詣り (社頭で終日ご自由にご参拝下さい)

大晦日~1月中(下記のお守りを社務所において御頒布しています)

​■新春・開運守護 縁起授与品(熊手・破魔矢他)御神札・御守(交通・身体 他各種)御頒布
 

手前の駐車場をご利用のうえ、北の神門より神社へ

社務所

社務所

御神札・御守・御朱印は年間、社務所にて御頒布(朝10時~夕4時)

四季折々の境内も御見物方々

御参拝下さいますようお待ちしております。

さくら

神社正面入り口 桜満開

白藤の棚

白藤の棚(戦前の物です)

戦災殉難者慰霊塔

長岡市戦災殉難者慰霊塔

第二次世界大戦時1945年/(昭和20年)8月1日夜、長岡は米軍機の空爆(新潟では長岡のみ)を受け、市街地の8割を焼失しました。平潟神社の境内で亡くなった人が長岡市内でもっとも多かった(297人)、平潟神社の境内に慰霊塔を建立しようという気運が高まり、1958年(昭和33年)11月、一般からの寄附と市および県の補助金により「長岡市戦災殉難者慰霊塔」が建立されました。その後、老朽化が進んだため、戦災50周年にあたる1995年(平成7年)に隣接する平潟公園に修復・移設しました。毎年8月1日朝6時より慰霊祭が斎行されています。

戦災殉難者慰霊塔

- 概要 -

名称

所在地

電話

宗教法人平潟神社

〒940-0071

新潟県長岡市表町1丁目6番地1

0258-32-1032

JR長岡駅から徒歩で10分

関越自動車道「長岡IC」から車で30分

駐車場あり(普通車)

アクセス

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